Prayer of the Woman
女性たちの祈り ー伊勢志摩の海女たちを訪ねてー
伊勢志摩には、現在でも750人ほどの海女が漁を行っているとされており、その総数は日本最多を誇ります。国指定の重要無形民俗文化財にも指定されている海女漁。彼女たちの日常は伝統的でありながら、和やかで、フレキシブル。そしてなにより、賑やかな笑顔に満ちていました。
2023年2月16日、海女漁のシーズンが始まる前に、大漁や安全を祈る「潜き下り(かきくだり)」と呼ばれる神事が行われるタイミングに合わせて、伊勢志摩でも約50名ほどと多くの海女が現役で活躍する石鏡(いじか)漁港を訪ねました。ここでは、多くの海女が70代以上と高齢である一方、30代や40代で都会から移住した女性も海女として活躍しています。

石鏡漁港で海女漁を行う大野愛子さん。「愛ちゃんはいちばん漁するわ」とベテラン海女からも一目置かれる存在。東京から移住し、海女とフォトグラファーの二足のわらじで活躍する。
海女たちの神事「潜き下り」のはじまり
石鏡中の海女が参加する「潜き下り」。午後の時間になると、どこからともなく、海女たちが漁港へとやってきます。集合時間や開始時間は、阿吽の呼吸なのでしょう。明確な決まりがあるのか、ないのか。海女たちが集まる様子は、まるでいわしの群れのように、自由でありながら、規則的な集団の動きを生み出しています。
そして、始まりの合図もなく、神事が始まります。各自が、お供えを入れた「カミノゼン」と呼ばれる木箱を携えていて、その中には丸餅、酒、赤飯、生米、小豆、ナマスや田作り、海で拾った石などのお供えものが入っています。さらに、アワビなどを採るための磯ノミで、その木箱を叩くのです。
「コンコンコン」
「叩き方の規則はあるんですか?」と海女たちに訊ねても、「人それぞれ」との答え。その心地良い音が海に向かって響き渡ります。
海女たちは、旧海岸線沿いの堤防から漁協の八大龍神(仏教における水の神)の掛け軸、町内の石碑から六地蔵、船を持つものは船へと、順にお供えと祈りを捧げていくのです。

旧堤防にお供えと祈りを捧げる海女たち。カラフルな出立ちと賑やかな笑い声で、漁港全体は明るく活気ある雰囲気に包まれる。
不思議な紋様「セーマン」「ドーマン」
海女たちを見ていると、ふと彼女たちの身のまわりに不思議な紋様が描かれていることに気づきます。星のマークの「セーマン」と、格子状の「ドーマン」です。「セーマン」は、一筆書きで元の位置に戻り始めも終わりもないことから、魔物の入り込む余地がなく、海女たちが「無事に戻ってこれるように」との祈りを込めたものだとされています。一方格子の紋様「ドーマン」は、多くの目で魔物を見張っていて悪魔が入りにくいと信じられています。
古くは貝紫と呼ばれる貝の色素を抽出した染料で、海に潜る際の頰かむりに描かれていました。しかし、現在では、サインペンやカッティングシートなど、フレキシブルな形で描かれ、彼女たちを見守っています。

通勤用のバイクに描かれた「セーマン」(星)と「ドーマン」(網)。
人生を楽しむ、海女たちの日常
神事も、祈りの紋様においても、彼女たちは自分たちの暮らしに合わせて柔軟に変化させています。無理をせず、自然と「続けるため」に最適な選択をしているようにも見えます。そんな彼女たちの振る舞いは、働く女性にとっての共感が詰まっています。
海女の多くはすでに70代、80代の女性。15、6歳の頃からこの世界に入り、すでに半世紀以上になる女性たちです。海でアワビや伊勢海老を取り、その収入で子供たちを進学させた人も少なくありません。「朝漁をして、戻って朝食を作り子どもを学校へ送り出し、午後漁をしてまた家事をした」と当時を振り返る人もいました。何度も海へと潜る海女漁。それに加えて子育てや家事をこなしていたというから驚きです。

石鏡漁港。数多くの船が並ぶ。
自分で磨いた漁の技で収入を得て、家族を支える。その上で、彼女たちは人生を楽しんでいるように見えました。カラフルな色の服に身を包んだ海女たちが、神事のあと、打ち上げをする場所の相談をしていました。「お刺身ならあの店だね、でもお酒はあの店がいい」などと言いながら、店の良し悪しを吟味します。
充実した仕事で家族を支え、ファッションや遊びを楽しむ。
現代女性が求める、生き生きとしたライフスタイルを実践してきた海女たち。彼女たちの笑い声は、確かな「自信」に満ちていました。
Photos : TOHRU YUASA
Text : KUMIKO SATO (3710Lab)
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